最低賃金が上がるたび、新人が先輩に追いつく|中小企業の給与表で「差」を守る3本の線
「新人の給与を最低賃金に合わせて上げたら、3年目の先輩とほとんど変わらなくなった」
10月に最低賃金が上がってから、こうしたご相談が続いています。2026年度の改定では、栃木県は1,068円から1,125円へ57円、群馬県は1,063円から1,120円へ57円、埼玉県は1,141円から1,196円へ55円の引き上げでした。
新人の給与は、最低賃金を下回るわけにはいかないので、上げるしかありません。一方で、先輩の昇給は例年どおり。気づけば、何年もかけて積み上げてきた先輩との差が、毎年少しずつ削られていきます。
この記事では、なぜ新人が先輩に追いつくのか、放っておくと何が起きるのか、そして給与表で「差」を守るための考え方を、社長向けに整理します。
なぜ、新人が先輩に追いつくのか
理由はシンプルです。最低賃金の上がり幅が、先輩の昇給額より大きいからです。
月の所定労働時間を160時間とすると、時給57円の引き上げは、月給にして約9,100円の引き上げになります。
| 項目 | 金額の目安 |
|---|---|
| 最低賃金の引き上げ(時給) | 55〜57円 |
| 月給にすると(160時間) | 約8,800〜9,100円 |
| 中小企業でよくある年1回の昇給 | 月3,000〜5,000円 |
新人の給与は、最低賃金に合わせて毎年9,000円前後上がる。先輩は、昇給で3,000〜5,000円上がる。この差の分だけ、毎年、先輩と新人の距離が縮んでいきます。
しかも最低賃金は、この数年、毎年大きく上がり続けています。政府は「2020年代に全国平均1,500円」という目標を掲げてきました。当面、この流れが止まると考えるより、続く前提で備えておくほうが安全です。
何年後に追いつかれるか:計算例
栃木県の会社を例に、月給で考えてみます(所定労働時間160時間)。
- 2026年10月からの最低賃金1,125円は、月給にすると180,000円
- 3年目の先輩の月給は189,000円、昇給は毎年3,000円
- 最低賃金は、これからも毎年55円(月給で8,800円)上がると仮定
| 年 | 最低賃金の月給換算(新人の下限) | 先輩の月給 | 差 |
|---|---|---|---|
| 2026年 | 180,000円 | 189,000円 | 9,000円 |
| 2027年 | 188,800円 | 192,000円 | 3,200円 |
| 2028年 | 197,600円 | 195,000円 | 2,600円の逆転 |
※数字は説明のためのモデルです。
3年目の先輩は、2年後には、最低賃金で採った新人より給与が低くなる計算です。先輩が悪いわけでも、昇給をさぼったわけでもありません。最低賃金の上がり幅に、昇給が追いついていないだけです。
自社でも、代表的な社員2〜3人の月給を並べて、同じ計算をしてみてください。「何年後に追いつかれるか」がわかると、今年の昇給の考え方が変わります。
給与表がない会社さまへ新人が先輩に追いつく年を、Zoom45分で無料点検できますくわしく見る ▶放っておくと、何が起きるか
先輩のやる気が、静かに落ちる
先輩社員は、新人の給与を知らないようで、意外と知っています。求人票を見れば初任給は書いてありますし、同じ職場で働いていれば話題にも出ます。
「何年も頑張ってきたのに、入ったばかりの人とほとんど同じ」。この不満は、表立って言われることは少なく、ある日の退職の申し出として表に出てきます。
全員を上げ続けると、人件費が膨らむ
差を守ろうと、最低賃金の引き上げ幅に合わせて全員の給与を上げると、人件費は毎年大きく増えます。社員30名の会社で全員を月9,000円上げると、月27万円、年間で約324万円。社会保険料の会社負担を含めると、約370万円になります。
何年後に何が起きるか、誰にも読めない
給与表がないまま、毎年その場で決めていると、「来年いくら上げるか」「3年後に人件費がいくらになるか」が読めません。読めないので、毎年同じ悩みを繰り返すことになります。
よくある「その場しのぎ」3つと、その落とし穴
最低賃金が上がったとき、多くの会社がとる対応は、だいたい次の3つです。どれも間違いではありませんが、それぞれに落とし穴があります。
1. 全員を同じ額だけ上げる
差は守れます。ただ、前の章のとおり人件費は大きく膨らみます。また、評価の高い人も低い人も同じだけ上がるので、「頑張っても同じ」という空気が生まれやすくなります。
2. 新人(最低賃金に近い人)だけを上げる
人件費はいちばん抑えられます。ただ、先輩との差は確実に縮み、数年後には逆転が起きます。多くの会社で、いま起きているのはこの形です。
3. 手当を足して埋める
「調整手当」「特別手当」などで差を埋める方法です。すぐにできる反面、何のための手当なのかが説明できなくなり、手当がどんどん増えていきます。手当によっては、最低賃金の計算に含めることができないものもあるため注意が必要です。
3つに共通するのは、毎年「その年の判断」で決めていることです。最低賃金は毎年上がるので、その場しのぎを毎年続けることになります。
給与表で「差」を守る3本の線
立派な人事制度から作らなくても大丈夫です。まずは、給与の「下限」を3本の線で決めておくことから始めます。
線1:最低賃金に少し上乗せした、会社としての下限
最低賃金ぎりぎりを下限にすると、毎年10月に慌てることになります。最低賃金に少し上乗せした額を「会社としての下限」として決めておき、毎年の最低賃金の改定に合わせて点検します。採用のときにも「うちは最低賃金より〇円高いところから始まる」と言えるようになります。
線2:役割ごとの下限
リーダー、主任、班長など、役割が上がった人については、「この役割なら、最低でもこの金額」という下限を決めます。役割の下限があれば、新人がどれだけ上がっても、役割を担っている人が新人に追いつかれることはありません。
線3:先輩と後輩のあいだに残す差
「1年目と3年目のあいだには、最低でも〇円の差を残す」というように、経験年数による差の幅を決めておきます。最低賃金が上がって新人の給与が上がったら、この差を保つように先輩の給与も点検します。
3本の線を表にすると、それが「給与表」の骨組みになります。線が決まっていれば、最低賃金が上がったときにやることは「線を少し上に動かして、下回る人がいないかを確かめる」だけになります。毎年ゼロから悩む必要がなくなるのです。
来年の最低賃金が決まる前に、社長がやっておくこと
最低賃金は、毎年夏に目安額が示され、秋に改定されます。慌てずに済むよう、次の3つを年の前半に済ませておくのがおすすめです。
- 代表的な社員3人の月給を並べる:新人・3年目・リーダー層など、立場の違う3人の月給を、時給に換算して並べます
- 何年後に追いつかれるかを計算する:最低賃金が毎年55円上がると仮定して、先ほどの表と同じ計算をします
- 3本の線の金額を決める:会社としての下限・役割ごとの下限・先輩と後輩の差を、まずは仮の金額で決めておきます
よくある質問
Q. 月給制の社員にも、最低賃金は関係ありますか?
A. 関係あります。月給を、月の平均所定労働時間で割って時給に換算し、最低賃金と比べます。このとき、通勤手当・家族手当・精皆勤手当・残業代・賞与などは計算に含めません。基本給と、それ以外の毎月決まって出る手当で比べるのが基本です。
Q. 新人を上げたら、先輩も同じだけ上げないといけませんか?
A. 法律上、先輩まで上げる義務はありません。ただ、差が縮むことを放っておくと、先輩のやる気や定着に響きます。全員を同じだけ上げる必要はなく、「先輩と後輩の差は最低〇円残す」という線を決めて、その線を下回る人だけを点検する方法があります。
Q. 給与表を作るのに、どのくらい時間がかかりますか?
A. 等級や評価まで含めた給与制度をつくる場合は3〜6か月が目安ですが、この記事の3本の線だけなら、社員数にもよりますが1〜2か月ほどで形にできます。まずは3本の線から始めて、必要に応じて評価や昇給のルールを足していく進め方もできます。
まとめ:毎年の悩みを、線で決めておく
最低賃金が上がるたびに新人が先輩に追いつくのは、社長の判断が悪いからではありません。最低賃金の上がり幅が、昇給より大きいという構造の問題です。
だからこそ、毎年その場で決めるのではなく、会社としての下限・役割ごとの下限・先輩と後輩の差の3本の線を、あらかじめ決めておくことが効きます。線があれば、最低賃金が上がったときの判断は、ずっと楽になります。
給与表がまだない会社さま向けに、代表的な社員3人の月給から「追いつかれる年」「差の縮み方」「昇給に回せるお金」を一緒に確かめる無料点検(Zoom 45分)をご用意しています。栃木・群馬・埼玉の会社さまはもちろん、オンラインで全国から受け付けています。
関連記事「中途社員と既存社員の給与バランスが崩れている」ーどう対応すべきか?原因と対策中途と既存社員の給与が逆転したとき、経営者が立て直す順番
関連記事中小企業の賃金テーブル(給与テーブル)の作り方【5ステップ】シンプルな例つきで解説等級ごとの給与の幅を、5つの手順でつくる
関連記事「うちは払っている方」は、本当にそうなのか…毎月決まって出る給与だけで並べ直してみる年収ではなく、毎月決まって出る部分だけで並べると見えてくること
給与表がまだない会社さまへ
新人が先輩に追いつく年、
わかりますか?
代表的な社員3人の月給から、Zoom45分で無料点検
無料で点検する ▶