経営理念が浸透しない会社に共通してみえること
「うちも去年、ミッションとバリュー作ったんだけど、正直みんな覚えてないと思う。壁に貼ってあるだけで、誰も意識してないよね」
こんな言葉を、経営者の方から聞くことがあります。
理念やMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を策定することは、今や多くの会社が取り組んでいます。外部のコンサルタントに依頼したり、経営幹部でワークショップを重ねたり、時間とコストをかけて言葉を練り上げることもあります。
でも、完成した言葉を全社に発表したあと、組織の中で何かが変わったかというと……正直、実感できていないことも多いのではないでしょうか。
「作った」というゴールと、「浸透した」というゴールは、まったく別物です。
むしろ、作ったあとこそが本番。現場に入り込むほど、そう感じることが多いです。
なぜ「作っただけ」では浸透しないのか
一度の発表は「点」に過ぎない
MVVを発表する場として、方針発表会や全社会議を活用する会社は多いと思います。
それはとても重要な「最初の一歩」です。
ただ、一度の発表だけでは、人の行動はなかなか変わりません。
人が何かを「自分ごと」として受け取るためには、繰り返し・文脈・体験の積み重ねが必要です。一度聞いた言葉は、日常の忙しさの中に埋もれていきます。一週間後、一ヶ月後、その言葉をどれだけ覚えているか振り返ってみると、なんとなくしかわからない、そんなことも多いのではないでしょうか。
「発表した」という事実は残る。でも「伝わった」かどうかは、また別の話というわけです。
言葉が「日常」から切り離されている
もう一つ、よく見られる課題があります。
MVVの言葉は立派なのに、日々の仕事や判断の場面でその言葉が出てこないという状態です。
「うちのバリューに”スピード”って入ってるんだけど、それがどういう行動を指すのか、人によって解釈が全然違うんだよね」
こういうことは珍しくありません。
抽象的な言葉は、それだけでは人によって受け取り方がバラバラになります。「チャレンジを大切に」「誠実であれ」「スピードを意識する」……どれも素晴らしい言葉ですが、「具体的にどんな行動がそれにあたるのか」が共有されていないと、人の行動には結びつかないんです。
言葉はあるが、日常の文脈」と結びついていないから行動に落ちてこないということかもしれません。
「作ること」がゴールになってしまっている
もう少し踏み込むと、MVVを策定するプロセス自体が目的化してしまうことがあります。
ワークショップを重ね、言葉を磨き、発表資料を整える。その過程での達成感は本物です。でも、発表が終わったあと、どういう活動をしていくか。ここが分かれ目になることが多いように感じます。
「作ること」のゴールに向かっていたエネルギーが、発表と同時に一区切りついてしまう。
本来のゴールは「浸透すること」「機能すること」のはずなのに、「作ること」がゴールになってしまっているとしたら非常に残念です。どうすれば浸透するかを実践ベースで考えることが、次の一歩につながる大事なことです。
浸透に向けて、ある会社がやっていること
「これはこのバリューだよね」を日々拾い上げる
あるクライアント先では、方針発表会でMVVを発表したあと、経営層があることを続けています。
日々の現場で起きた出来事を丁寧に拾い上げ、「この行動って、うちが大切にしているこのバリューを体現しているよね」と言語化して発信し続けるというものです。
朝礼でのひとこと、社内チャットへの投稿、面談での声かけ。形はさまざまです。
ある日は、営業担当が顧客からのイレギュラーな依頼に対して素早く動いたことを取り上げ「これがうちの”スピード”だよ」と伝える。またある日は、ミスを隠さず正直に報告してきたスタッフの行動を「これが”誠実さ”だよね」と言語化する。
特別な研修でも、大きな施策でもありません。日常の中で起きていることに目を向け、それをMVVの言葉と結びつけて発信し続ける、という地道な取り組みです。
なぜ「経営層が発信する」ことが効くのか
同じことを言っても、誰が言うかによって受け取られ方は大きく変わります。
経営層が自らの言葉で「これが私たちの大切にしていることだ」「この行動がうちの文化だ」と言い続けることには、制度や研修では代替できない重みがあります。
「社長がそんなことを気にしてるんだ」「そういう行動を評価してくれるんだ」
こういう実感が、少しずつ社員の行動を変えていきます。人は「何が評価されるか」を見ながら動くものです。経営層が発信するということは、何を大切にしているかを継続的にシグナルとして出し続けることでもあるんです。
また、経営層自身がMVVと日常を結びつける言葉を持っていることで、経営判断に一貫性が生まれます。社員から見たときに「この会社の軸は何か」が見えやすくなる。これが、じわじわと組織の文化として根付いていく土台になることもあるでしょう。
「発信」は制度ではなく、習慣として
近道に見えない道が、実は近道かもしれない
「それって、毎日やるの?継続するのが大変じゃないですか?」
こう聞かれることがあります。
確かに、日々の出来事をMVVと結びつけて発信し続けることは、手間がかかります。仕組みとして整えられているわけでもなく、日常業務の合間に意識し続けることが求められます。
でも、一回の研修、一枚のポスター、一度の全社発表
それらが実際にどれだけ社員の行動を変えたかを振り返ると、答えは見えてくるのではないでしょうか。
「派手さはないけれど、続いているもの」が組織の文化を作っていく。現場に入るほど、そう感じることが多くなっています。
地道に見える取り組みが、結果として最も効く。
これは組織づくりに限った話ではないかもしれませんが、特にMVVの浸透においては、強く実感することが多いです。
「完璧な言葉」より「続く発信」
もう一つ伝えたいことがあります。
MVVの言葉の完成度にこだわりすぎないほうがいいかもしれない、ということです。
どんなに洗練された言葉を作っても、発信が止まれば浸透しません。逆に、少し荒削りな言葉でも、経営層が日常の中で繰り返し使い続けることで、じわじわと組織に根付いていくことがあります。
言葉は使われる中で磨かれていきます。「完成してから発信する」より「発信しながら言葉を育てていく」ほうが、結果として組織にとってリアルな言葉になっていく可能性があります。
大切なのは「言葉の完成度」より「発信の継続」
そう考えると、少しハードルが下がるかもしれません。
理念を「生きたもの」にするために
MVVは作ることが目的ではなく、組織の判断や行動の「物差し」として機能することが目的です。
そのためには、一度の発表で終わらせず、日常の中に繰り返し登場させていく必要があります。
制度として整えることも大切ですが、それ以上に、経営層が日々の出来事とMVVを結びつけて発信し続ける習慣が、浸透への近道になるかもしれません。
もし「理念やMVVを作ったけど、正直あまり機能していない」と感じているなら、まず経営層が日常の出来事をMVVの言葉で語る習慣から始めてみてはいかがでしょうか。
小さく、地道に続けていくこと。その積み重ねが、組織の文化を少しずつ変えていくかもしれません。