採用できたのに定着しない。その分かれ道は、入社後90日にある。
ある製造業の経営者から、こんな話を聞きました。
社員数30名ほどの会社で、一度に3名の中途採用が決まりました。
採用難が続く中で、これだけの人数を採用できたのは久しぶりとのことでした。会社にとっても大きな前進です。
ただ、その社長は喜びと同時に、こんな不安も口にしていました。
「採用はできたのですが、正直ここからが不安なんです。」
この言葉には、採用の現場を経験している経営者ならではの実感がにじんでいます。
人を採用できたこと自体は確かに成果です。しかし、本当の意味で会社の力になっていくかどうかは、入社してからの時間の中で決まっていくからです。
採用はゴールではなく、むしろスタートにすぎません。
多くの経営者が感じているのは、まさにこの「採用後」の部分なのではないでしょうか。
採用できたのに、なぜ不安が消えないのか
新入社員の受け入れについて話を聞いていくと、現場ではこんなことが起きていました。
配属後に誰が何を教えるかがはっきりしていない。
最初の1週間で何を覚えるべきかも曖昧。
さらに確認してみると、主要顧客のことさえ十分に伝えられていない。
つまり、仕事のやり方は少しずつ教えていても、
「この会社は誰のために、何を大事にして仕事をしているのか」
までは届いていない状態でした。
この状態だと、新入社員はどうしても目の前の作業をこなすことに意識が向きます。
言われたことはやる。
でも、自分の仕事が何につながっているのかは見えない。
そうなると、仕事は覚えても、会社への実感は育ちにくいです。
貢献している手応えが持てないまま時間だけが過ぎると、
「ここで頑張る意味」が見えなくなっていきます。
定着の問題は、ここから始まることが多いと感じます。
多くの会社が取りがちな対応
こういうとき、多くの会社ではまず現場に任せます。
とりあえず先輩につける。
忙しい中で空いた人が教える。
その都度、必要なことを伝える。
もちろん、これでうまく回る会社もあります。
少人数で、教える側の力量もそろっていて、現場の空気で育つ会社もあります。
ただ、人数が増えたとき。
複数人を同時に受け入れるとき。
教える人によって伝える内容や温度差が出るとき。
このやり方だけでは、かなり不安定になります。
真面目な会社ほど、
「現場で見て覚えてほしい」
「うちの仕事はやりながら覚えるものだから」
という考えになりやすいです。
それ自体は間違いではありません。
実際、現場でしか身につかないことは多いからです。
ただ、新入社員の側からすると、
見て覚えろだけでは、何をどこまでできればいいのか分からない。
質問していいのかも分からない。
自分ができているのかも分からない。
この不安が積み重なると、育成の問題が、やがて定着の問題に変わっていきます。
本当に見るべきなのは、教育の量ではなく受け入れの設計
ここで大事なのは、
「もっと丁寧に教えましょう」という話だけではないということです。
本質は、教育熱心かどうかではなく、
受け入れが設計されているかどうかです。
私は、新入社員がその会社で長く定着するかについて、見るべき論点は少なくとも3つあると思っています。
1. 何を知れば安心して働けるのかが整理されているか。
仕事の手順だけでは足りません。
会社の基本ルール。
安全面での注意点。
職場での相談先。
主要顧客はどこか。
自分の仕事がどの工程につながっているか。
新入社員が最初に知るべきことは、案外たくさんあります。
これが整理されていないと、本人はいつまでも全体像が見えません。
すると、指示待ちになりやすい。
ミスを恐えて動けなくなりやすい。
結果として、自信も育ちにくくなります。
2. いつまでに、どこまでを目指すかが見えているか。
受け入れで曖昧になりやすいのがここです。
1週間後にどこまでできていればよいのか。
30日後に何を理解していてほしいのか。
90日後にどんな状態ならひとまず順調と言えるのか。
これが決まっていないと、教える側も教わる側も手探りになります。
逆に言えば、最初の90日を区切って考えるだけでもかなり変わります。
今はまだ何ができなくて当然なのか。
次にどこを目指すのか。
そこが見えるだけで、新入社員の安心感は大きく違います。
3. 新入社員を「人手」として見るのか、「戦力の芽」として見るのか
ここは、かなり根本的な分かれ道です。
忙しい現場では、どうしても早く使えるようになってほしい。
その気持ちは自然です。
ただ、その視点だけが強くなると、新入社員は単なる作業者になりやすいです。
目の前の仕事はこなす。
でも、自分なりの工夫や成長実感は持ちにくい。
一方で、
「この人が3年後にどう育っていたら会社にとって大きいか」
という視点がある会社は、関わり方が変わります。
最初に何を伝えるか。
どんな順番で経験させるか。
誰が声をかけるか。
どこで小さな達成感を持たせるか。
受け入れの設計は、結局その会社の人の見方が表れます。
持つべき判断軸は、「採れたか」ではなく
採用できたかどうかは、入口の話です。
本当に見たいのは、その人が現場で戦力として動き始められるかどうかです。
そのための判断軸は、
教育資料があるかどうかだけでは足りません。
新入社員が、
この会社で働く意味をつかめるか。
自分の役割を理解できるか。
少しずつでも貢献実感を持てるか。
ここまで含めて受け入れを考えられているかどうか。
そこが大きいと思っています。
だから、オンボーディングは単なる育成施策ではありません。
定着施策であり、戦力化施策であり、会社の考えを伝える仕組みでもあります。
たとえば、新入社員向けの90日受け入れマニュアルを作るのも一つです。
何を、誰が、どの順番で伝えるかを整理する。
それだけでも、現場のバラつきはかなり減ります。
でも本当に大事なのは、マニュアルそのものより、
「この90日で、この人に何を受け取ってほしいのか」
を会社として言葉にすることです。
せっかく採用できた人を、ただ現場に流していないか。
仕事のみではなく、その背景にある意味合いまで伝えられているか。
新入社員の受け入れを見れば、
その会社が人をどう育てようとしているかが見えてきます。
今、御社の受け入れは、
人をただ配置する設計になっているのか。
それとも、戦力の芽を育てる設計になっているのか。
一度、そこから見直してみてもいいのかもしれません。