物価が上がる時代に、退職金水準も上げるべきか。経営者が持っておきたい判断軸
「最近は物価も上がっているし、退職金も見直した方がいいのでしょうか。」
打ち合わせの場で、経営者からこう聞かれることがあります。
この問いには、単純に制度の話だけでは片づけられない重さがあります。社員の老後を思えば、少しでも手厚くしてあげたい。一方で、今の会社にその余力があるのかと考えると、簡単には決められない。そんな迷いがにじんでいるからです。
退職金の相談は、金額の話に見えて、実は経営判断の話です。
だからこそ、相場や制度の知識だけで答えを出そうとすると、かえって苦しくなることがあります。
退職金の悩みは「相場」から始まりやすい
退職金の話になると、まず気になるのは世間相場です。
同業他社はどのくらい払っているのか。近隣の会社はどうしているのか。採用や定着を考えると、あまり見劣りする水準にはしたくない。そう考えるのは自然です。
ただ、ここで気をつけたいのは、相場はあくまで参考だということです。
相場は、考える材料にはなります。ですが、そのまま自社の正解にはなりません。会社の規模も、利益体質も、年齢構成も、今後の見通しも違うからです。
世間並みにしたい。
その気持ちは誠実さの表れです。
ただ、その誠実さが、会社に無理をさせる方向へ向かってしまうこともあります。
多くの会社が取りがちな考え方
この場面で多いのが、「物価が上がっているのだから、退職金も上げるべきではないか」という考え方です。
たしかに、社員の生活を思えばそう考えたくなります。長く勤めてくれた人に、最後にしっかり報いたいという思いもあるでしょう。
もう一つ多いのが、「うちは退職金が少ないと見られたら困る」という不安です。
採用でも、社員への説明でも、見栄えのする制度にしたくなることがあります。
どちらも、社員に対して真面目に向き合っている会社ほど起こりやすい迷いです。
だから、間違いだと切って捨てる話ではありません。
ただ、本当に見るべきところは別にある
ただ、ここで視点を少しずらしてみたいのです。
退職金水準を上げるかどうかの前に、まず考えるべきは、「会社としてどこまで支払えるのか」という現実です。
退職金は、気持ちだけでは払えません。
最後に一括で払うなら、その時に資金が必要です。制度を活用して積み立てるにしても、毎月の負担は発生します。中退共を使うのか、企業型DCのような仕組みを活用するのかでも、会社の負担の形は変わります。
つまり、退職金の議論は、金額を先に決める話ではなく、支払い方まで含めて設計する話です。
ここを飛ばして「いくらが妥当か」だけを追うと、制度は作れても運用が続きません。
退職金を考えるときの判断軸
では、何を物差しに考えればいいのか。
私は少なくとも、次の3つは外せないと思っています。
①「払いたい額」ではなく「払い続けられる額」で考えること
退職金は、その場の気持ちで決めると後で苦しくなります。大事なのは、数年先も含めて、会社として無理なく維持できるかどうかです。
②「最後にまとめて払う」のか、「制度で準備していく」のかを分けて考えること
同じ退職金でも、一括支払いなのか、中退共やDCのように平準化して準備するのかで、経営への影響はかなり違います。ここを曖昧にしたまま水準だけ決めると、後で資金繰りの問題になりやすいです。
③「社員に何を伝えたい制度なのか」をはっきりさせること
長く勤めたことへの感謝なのか。老後資産づくりの支援なのか。会社としてできる範囲での誠実な備えなのか。ここが曖昧だと、金額だけが独り歩きします。
退職金は、ただ多ければいいわけではありません。
会社としての考え方が伝わること。無理なく続くこと。いざという時にきちんと払えること。
この3つがそろって初めて、制度として意味を持ちます。
退職金に迷う経営者の方に確認したい問
退職金の相談を受けるたびに感じるのは、経営者は金額で迷っているようで、本当は「どこまで責任を持つか」で迷っているということです。
社員のために何かしたい。
でも、会社を守る責任もある。
その間で揺れるのは、むしろ自然なことだと思います。
だからこそ、相場を追いかける前に、一度立ち止まって考えてみてほしいのです。
自社にとって退職金とは、何のための制度なのか。
そして、自分たちは無理なく、どこまで約束できるのか。
退職金水準の見直しとは、金額を上げるか下げるかの話ではありません。
会社として、どんな責任の持ち方をするのかを決めることです。
その判断軸は、もう会社の中にあるか。
まずは、そこから見直してみてもいいのかもしれません。