役職定年を「制度」で解決しようとすると、なぜ組織は弱くなるのか
先日、ある経営者の方から「役職定年を導入したいと思っている」という相談を受けました。
役職定年について相談を受けると、経営者の口から、ほぼ同じ言葉が出てきます。
「将来を見越して、今のうちに制度を整えておきたい」 「でも、正直に言えば、今すぐ誰かが困っているわけでもないんです」
経営者の口から出るこの言葉の裏には、非常に繊細な現場の状況が隠れています。
対象となるベテランは、長年会社を支えてきた功労者です。今も真面目に働いてくれているし、現場で大きなトラブルを起こしているわけでもない。むしろ、彼らがいるから現場が回っているという安心感すらあります。
ただ、「次の管理者を育てよう」と本気で考え始めた瞬間、言葉にできない「ズレ」が表面化し始めるのです。
たとえば、こんな場面です。
- 若手をリーダーに抜擢したものの、現場の職人たちは無意識に「元役職者(ベテラン)」に相談しに行ってしまう。
- 若手が新しいやり方を試そうとしても、横にいるベテランの「これまではこうだった」という無言の重圧に、一歩引いてしまう。
- 経営者自身も、世代交代を促したい一方で、「ベテランのプライドを傷つけてまで、今この空気を壊すべきなのか?」と自問自答して動けなくなる。
こうした、「誰も悪くないのに、新しい芽が育たない閉塞感」。 これこそが、多くの経営者が感じている「引っかかり」の正体です。
「このままでは、5年後、10年後のこの会社に、自分で判断できるリーダーがいなくなってしまう」
このとき、多くの経営者が「制度としてどうするのが正解なのか」を探し始めます。 しかし私は、このテーマで支援に入るとき、最初に決めていることがあります。
それは、「いきなり答え(制度)を出さない」ということです。
正解を急ぐと、現場には「やらされ感」だけが残る
「年齢は何歳にするか」「手当をいくら下げるか」 制度を先に決めれば、形の上では組織は動きます。
でも、その動きは「納得して動いている」というより、「決まったから従っている」に近いものです。 そうなると、現場には見えない「やらされ感」が溜まっていきます。
結局、ベテランは居心地が悪くなり、次世代は気を使って判断を仰ぎ続け、気づけば元の関係性に逆戻りしてしまう…これは、役職定年という制度が悪いのではありません。
「役職を外したあと、その人に何を期待しているのか」
ここが整理されないまま、処遇(役職や給料)だけを動かしてしまうから、ズレが生じるのです。
【失敗の典型】「一律の線引き」がエースを競合へ追いやる
ここで、ある会社の事例をお話しします。 その会社では、将来を見据えて「55歳役職定年、役職手当は一律50%カット」という明確なルールを導入しました。
経営者としては、公平性を保ち、世代交代を加速させるための「正解」を選んだつもりでした。 しかし、結果は悲惨なものでした。
現場を支えてきたエース級のベテラン課長が、「会社から『もうお前はいらない』と言われた」と受け取ってしまったのです。 モチベーションは急降下。それまで若手に伝承していた技術も「どうせ私はいなくなる人間ですから」と口を閉ざすようになりました。
最悪だったのは、その3ヶ月後です。 彼は「これまでの経験を高く評価する」という競合他社へ、部下を数名引き連れて転職してしまいました。
残されたのは、急にハンドルを渡された未熟な若手と、動揺する現場。 そして、その穴を埋めるために現場に復帰せざるを得なくなった経営者自身でした。
「公平な制度」を作ったつもりが、最も失ってはいけない「信頼」と「技術」を流出させてしまったのです。
今回の支援で、私があえて「やらなかった」3つのこと
先日お手伝いした会社でも、私はあえて以下のことには踏み込みませんでした。
- 役職定年の年齢を一律に決めること
- 新しい「相談役」や「参与」といった肩書きをこちらで提案すること
- 役職手当の下げ幅の正解を示すこと
「そこまで決めなくて大丈夫ですか?」と聞かれることもあります。 しかし、その代わりに時間をかけてやったことがあります。
それは、「役職を外したあと、この人に何をお願いしたいのか」を、経営者の言葉で徹底的に言語化することです。
判断を任せたいのか、若手を育ててほしいのか、現場の精神的支柱になってほしいのか。 この「期待」が曖昧なまま、綺麗な制度図だけを作っても、組織の血は通いません。
役職定年がこじれる理由は、制度ではなく「役割の曖昧さ」
うまくいかない会社には、分かりやすい共通点があります。
「役職は外した。でも、役割は曖昧なまま」
そうなると、重要な判断はなんとなく元役職者に集まり続けます。若手管理者は「自分が前に出ていいのか」と迷い、遠慮し、成長が止まる。 誰も悪くないのに、現場全体に、見えないブレーキがかかるのです。
ここで多くの方が「役職定年って、やっぱり難しいですね」と言います。 でも、難しいのは制度ではありません。 「線引き」をしないまま、時間だけが過ぎてしまうことが、問題を複雑にしているのです。
なぜ、私はあえて「介入しすぎない」のか
私は外部の立場から、役割や結論を勝手に決め切ることはしません。 なぜか。 それをやると、組織が私に依存してしまうからです。
「次はどうすればいいですか?」「判断してください」 そうなってしまうと、その会社らしい「自走する力」は育ちません。
私の仕事は、答えを渡すことではありません。 経営者自身が、自分の言葉で社員に説明し、判断できる状態を整えること。 役職定年というテーマは、その「対話」の延長線上に自然と出てくる結果に過ぎないのです。
役職定年は、誰かを降ろすための儀式ではない
役職定年がうまく機能している会社では、考え方が根本から違います。 それは、役職定年を「組織を切り替えるための前向きな通過点」として扱っていることです。
- 前に立つ人を変える
- 判断の主役を次に渡す
- ベテランには「後方支援」という重要な専門職を担ってもらう
この整理が経営者の中で腹落ちすると、処遇の話も、本人への伝え方も、驚くほど落ち着いたものになります。
私は、役職定年の「外枠(パッケージ)」から作る支援はしていません。 その代わり、経営者が話しやすくなるための「材料」を一緒に整理することから始めます。
「なぜ今、世代交代なのか」 「この会社を、どう次につなぎたいのか」
そこが見えてくれば、役職定年は怖いテーマではなくなります。
もし、今「少しの引っかかり」を感じているのなら
大きな問題はないが、このままでいいのか不安がある。
制度を作る前に、まずは自分の考えを整理したい。
コンサルに決めてもらうより、自分で納得して進めたい。
そんな段階なら、今はまだ、答えを出さなくて大丈夫です。 役職定年は、急いで形から入るほど、こじれやすいテーマだからです。
「まずは、頭の中にある違和感を言葉にしてみる」 そこから始めてみませんか。
このブログが、あなたの会社の大切なバトンタッチを考える一つの材料になれば嬉しいです。